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2008年5月23日 (金)

狐者異

総務のねーさんから小説『しゃばけ』シリーズを借りて読んでいます。
私は見なかったのですが,ドラマにもなった人気の小説だそうで。。。
妖怪の小説…というと,個人的には京極夏彦を思い出すのですが,雰囲気は全然違います。でも,自分でも買ってくるかもしれないくらい気に入りました。舞台は江戸時代で江戸の風景がよく描写されているのですが,そんなに歴史に詳しくない私もさらっと読めてとても面白いです。

今,4作目の『おまけのこ』を読んでいるのですが,最初の話に出てくる“狐者異”(こわい)という妖の話が印象的でした。

狐者異は,同じ妖はおろか仏にさえ忌み嫌われているという孤独の存在。彼に関わった者へ災いをもたらすという。しかも,関わった者のみでなくその周りをも巻き込む。だから,主人公一太郎を心配する妖,仁吉は『絶対に関わらないで下さい』というのに,それぞれ登場人物の思惑でコトが進んでいく…という話です。

以下,思いっきりネタばれですが。。。

最後,一太郎は狐者異に『しばらくうちで過ごせばいい』と手を差し伸べます。『皆,最初は良い顔をしないかもしれないが,私が取りなすから』と。しかし,狐者異は『もう我慢するのは嫌だ』『何で自分ばっかり』とわめいて去ってしまいます。
なんとも切ない余韻の終わり方だったのですが,実は狐者異には十分一太郎の優しさが伝わったのだろうなぁと思います。伝わったからこそ恐ろしくなってしまった。手を取れなくなってしまった。

意外に,世の中良い人っていっぱいいるんじゃないでしょうか。仁吉や屏風のぞきが『狐者異に関わって受け止めきれた者の話を知らない』とそれぞれ言っていましたが,そんな言われ方をするということは,彼を受け止めようとした人は一人や二人ではないということでしょう。しかし,災難をもたらすという性のために,いつも上手くいかなかった。
どのように上手くいかなかったのか気になるところですが,“降りかかる災難のため,助けてくれた者自身からも嫌われてしまった”というのならまだ良い(裏切られた,やっぱりダメだった…と他人のせいにできる)のですが,何しろ関わった人の周辺にまで累が及ぶのですから“周辺にまで及んだ災難に心を痛めて,手を差し伸べた人が何も言わず自殺”なんてことがあったら痛すぎます。もっとも,最後まで受け止めてもらって『お前のせいじゃないよ』なんて言われながら死なれても痛いですが。。。

『救われたい一身で,溺れる人が助けようとした船頭にしがみつくので,二人とも溺れてしまう』と,仁吉がたとえたように,これまで手を差し伸べてくれる人が現れたときは必死ですがりついたでしょう。でも,今回一太郎の手は取らなかったわけです。本当に“離れにいる他の妖怪たちが何か言うのを我慢できなかった”のでしょうか。むしろ,『皆,最初は良い顔をしないかもしれないが』という言葉を聞いたとき,浮かれた心が現実に引き戻されてしまったのではないかしら。
一太郎の優しさは甘い誘惑だったはずです。しかし何としても断ち切らなくてはいけない。なにしろこれまで,狐者異が必死で救われたいと思うからこそ受け止めきれる者はいなかったのです。だから,喚いて喚いて喚いて拒絶する必要があったのかもしれません。そうしないと心は脆いです。
すがりつきたい。でも,こわい。恐ろしい。

最後のシーン。わたしは読みながら気分は屏風のぞきでした。屏風のぞきと一緒になって息を殺して,じっと一太郎と狐者異のやり取りを見ていました。一太郎の行動は簡単に読めました。でも,狐者異がどうでるか。
結局,狐者異は一太郎の優しさから逃げ出しましたが,彼の手元には一太郎からもらった赤いギヤマンが残りましたから,ベターな結果だったのかなぁと思います。ベストじゃないあたりが余韻になってて考えさせられます。何がベストなのか分からないのです。

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